バファリンの半分製造工場では、大荷物を持って交差点を渡ろうとするお婆ちゃんが大量に運び込まれます そこで従業員が「荷物持ちましょうか?」とやさしさを見せるとお婆ちゃんが「私を年寄り扱いしおって!無礼な!恥を知れ!」と叫び、このとき行き場を失ったやさしさがバファリンの半分になります

https://twitter.com/kentz1/status/505913258457313280 (via bgnori)
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思い出した時にだけ過去は存在する

Tumblr (via aurorae)
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  • 8時間前
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綺麗な言葉遣いは、お金の掛からないオシャレだと思う

続・妄想的日常 綺麗な言葉遣い (via syumari)
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  • 1日前
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小学生になる前の幼児と、かくれんぼをしたことはありますか?

 じゃんけんに勝った子供たちは、鬼役のもとから脱兎のごとく駆け出し、思い思いの場所に身を隠します。

 鬼は、さあどこにいるかと周囲を探し始めるわけですが、それほどスリリングな体験を得ることはできません。なぜなら、隠れた子供たちはそれぞれの場所からちょこちょこと顔を出して、鬼の様子を伺うからです。

 大人の鬼なら簡単に子供の居場所を見つけてしまいます。そして、「いたぞ!」と子供を指さそうものなら、「わぁぁ!!!」。もう狂喜乱舞の大騒ぎになります。

 見つかった子供はゲームに「負けた」にもかかわらず、ものすごく喜んでいる。結局、子供にとって、かくれんぼの目的は“隠れること”ではなく、“見つかること”なのだと分かります。

 3歳ぐらいの子供であれば、「見つけてもらえた」という実感を与えるのに、かくれんぼをする必要すらありません。そこに子供がいてもいないふりをして、「あれ、どこいちゃったのかなあ」と、とぼけて見せる。で、突然、「いた!」と子供を指さす。これだけで、「わぁぁ!!!」。子供は満面の笑みを浮かべて喜びます。

 子供はきちんと指をさされることに、おそらく安心を覚えるのでしょう。“自分の存在”を確認してもらえたことに。


 大人は指さしなどされたくありませんが、自分の存在をきちんと確認してもらいたいという欲求そのものは、子供と同様です。確かに自分が「ここにいる」ということを認めてもらいたい。「存在承認」が欲しいのです。

 朝、職場で上司に「おはようございます」と声をかけたら、何も言葉が返ってこなかった。明らかに気づいているはずなのに応答がない。それだけでその日一日調子が悪くなるかもしれません。

 友達のパーティーに呼ばれて行ってみたら、友達以外は知らない人ばかりだった。誰も自分に関心を向けてくれず、壁際で独りたたずんでしまう。ちょっと胸が塞がるような居心地の悪さを感じるでしょう。

 メールをプロジェクトチームのメンバーに送ったのに、返信がない。「たぶん向こうも忙しいんだろう」とは思っても、少し心がざわつきます。

 存在承認が足りなくなってくると、人は「シンプトム」、つまり「症状」を表出させます。その種類は主に2つ。自分をアピールして関心を引こうとする「アピール型」か、陰に隠れることで逆に関心を引こうとする「隠れ型」か、です。

 アピール型のシンプトムは、不平を言う、不満を言う、批判を口にする、自分の大変さを誇示する、人の怠慢をことさらに嘆く、などなど。これらはすべてその人に対する存在承認の不足によって起きている可能性があります。健全なアピールはいいのですが、存在承認不足から生まれたアピールは周りに悪影響を与えます。

 一方、陰に隠れてしまう人もいます。話さなくなる、飲み会などに誘われても行かない、会議などで一切発言しない、遅刻する、挨拶をしない。これらは隠れ型のシンプトムである可能性があります。

 「鶏が先か卵が先か」のような話ではありますが、風通しの悪い職場では、お互いに対する存在承認が薄いので、個々が多くのシンプトムを表出させます。それによってより雰囲気はさらに悪くなり、そしてまたシンプトムが多く表れることに……。

「本当は認められたい」大人たち:日経ビジネスオンライン (via petapeta)
2011-09-14 (via gkojax-text)

2011-09-17

(via quote-over100notes-jp)

2014-08-31

(via bochinohito)
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<もしも修学旅行が“現地集合”だったら!?>

 たとえばこんな話※1がある。

 その学校の修学旅行の行き先は「石垣島」だった。石垣島といえば沖縄本島から400km以上離れている果ての地だ。まあ、ここまではありえるかもしれない。でも、その修学旅行は“現地集合”だったのだ。

 あなたは「つまらん冗談だ」と思ったかもしれない。しかし学生たちは、親に聞くなり、本を読むなりして、必死に石垣島までの行きかたを調べ、飛行機あるいは船のチケットを自分で手配し、不安に押しつぶされそうになりながらも、やっとの思いで現地にたどり着いたのだった。

 そうするとどうなるか。面白いことに、学生たちは石垣島に着いた時点で感動がMAXになるのだ。ある者は「怖かった」と肩をふるわせ涙した。ある者は「着いたぞ」とはしゃぎ回った。修学旅行の目的が、その名が示す通り“学を修めること”なら、彼らはもう帰ってもいい。
 なぜなら、この島に自力でたどり着いた時点で、すでに、彼らは様々な社会勉強ができたはずだからである。(さすがに親に送ってもらったやつはいなかっただろう……)

 ともかく、学生たちはまるで戦場をくぐり抜けて来たかのように喜び合った。要するに“不便”はひとの感動のハードルを下げるのである。

(via etta-badapple)

これ、ボーイスカウトだかカブスカウトだかではこういうのあるよ。目的地の近くの駅に「現地集合」ってやつ。

(via yominuxx)
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心優しい人は傷ついたまま黙って消えていく

(via xomorickyxo)
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仏陀の言葉にすら依存しない

君が川を渡るためにイカダを作って、川を渡った後でこう考えたとしてみよう

「このイカダはとても役に立ったから捨てずに背負って歩いてゆこう」と

そんなお荷物を抱え込んでてしまっては、重くてまともに歩けはしなくなる

それが君の業績・学歴・職歴であれ、このイカダと同じ事

私の言葉も教えも真理すらもまた、このイカダのようなものにすぎないのだから

君が私の教えを使い終わったのなら、惜しむ事無く捨て去るように

仏陀の言葉 自由になる② (重要:breaking news)|火の鳥

sayhellotoeverybody.tumblr.com


(via sayhellotoeverybody)
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「投げつけられた石は足元に積んでいけ。
そうしたら、
いつの間にか、石はあなたには届かなくなる。」

和歌山でまちづくりを始め、
新聞にも取り上げられ、
結構、ちやほやされ始めたころ。

「あのな、今はあなたの存在は何の邪魔にもならない。だから、権力を持っている人たちは
『ええ事やっている。』と褒めてくれる。…
でもね、
もう少し、力を持ち、存在感が出てくると非難が始まる。
石を投げつけてくるよ。

その時に、石を投げ返したらアカン。
非難の石は、自分の足元に積んで行くンや。

あほな奴は、すぐにその石を投げ返す。

非難の石は、『ありがとう』と言って、
足元に積んでいけ。

ドンドン高く積み上げて、
いつの間にか、
そいつらからの石は届かなくなる。」

あまり人の話は覚えていないけど、
この話だけは、しっかりと心に届いた。

そして、
投げられた石には、
きっちりと感謝をして、
足元に積み上げてきた。

あなたも、
石は投げ返さずに、
足元に積み上げてください。

たくさん石をくれる人に
感謝できるようになります。

投げられた石は足元に積んでいけ - 前田出 新・家元制度 - Yahoo!ブログ (via drhaniwa)
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学校でどんな専門的なことを学んでも、デザインを他の活動に広くつなげる能力を持っていても、組織の中でどんな技術を使うかを決定する人間がそれを知らなかったり、否定的な立場をとったらどうしようもない。「学校で学んだ専門知識は役に立たない」ようにしているのはむしろ組織のほうであり、そのせいで学ぶ側も意識をそがれている。

エンジニアやデザイナーにとっての教育機関について - 表道具 (via otsune)
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